悪性高熱症は発生頻度10万人に1~2人と少なく、手術室で長年勤務をしている人でもまだ経験したことがない方のほうが多いと思います
しかしながら、発生時の対応が遅れると命にかかわるので手術室で勤務するナースがおさえておきたい病態のひとつです
Contents
悪性高熱症を知る前におさえておきたい解剖生理
悪性高熱症は吸入麻酔薬などが引き金となって発症する遺伝性の骨格筋疾患です
日常生活で特異的な症状はほとんどなく、悪性高熱症だと知らずに一生を終える人もいます
悪性高熱症を理解するには骨格筋の筋収縮のメカニズムをおさえておきましょう
まずはさらっと筋収縮のメカニズム
骨格筋の構造としくみ
骨格筋の構造
- 骨格筋はいくつかの束から構成されており、この束を筋束といいます
- 筋束は数百本の筋細胞(筋繊維)により構成され、筋細胞の中には筋原線維という細胞内器官があります
- 骨格筋細胞にはミトコンドリアが多く含まれています
筋原線維
- 筋原繊維はアクチンフィラメントとミオシンフィラメントという繊維状の束で構成されています (サルコメアといいます)
- これらは筋小胞体という膜のようなものに囲まれています
- 筋小胞体の両端には終末槽があり、多量のカルシウムが蓄積されています
筋収縮
- 神経系からの刺激によりアクチンは筋小胞体からカルシウムを放出します
- その結果カルシウムイオン濃度が上昇し、とアクチンとミオシンは結合します→収縮がはじまる
- アクチンは細い繊維状のたんぱく質でミオシンはミオシン頭部という突起があります
- ミオシン頭部はアクチンと結合するためにATPが消費 されます
活動電位(興奮)のながれ
- 運動神経終末部よりアセチルコリンが遊離されると、アセチルコリン受容体が刺激され、筋細胞膜でのNa+とK+の透過性が亢進し、脱分極が起こり活動電位が発生する
- 活動電位は、筋細胞膜・横行小管を介して筋小胞体の終末槽に伝達され、筋小胞体からCa2+が遊離される
- 遊離したCa2+はミオシン上のトロポニンCに結合し、アクチンとミオシンが結合して筋収縮がおこる
悪性高熱症とは
悪性高熱症の病態生理
悪性高熱症は 骨格筋細胞内 にあるカルシウム放出チャンネルの異常であると考えられています
そのためカルシウム貯蔵庫である筋小胞体から細胞質内へのCa放出機構が異常に亢進しています
筋小胞体へのCa取り込み速度を超えてしまうため、細胞内のCa濃度が制御できないほど異常に高くなります
それにより、筋収縮が異常に持続します
また筋収縮に使用されるエネルギーであるATPも異常に消費されます
ATPが消費されると大量に熱が産生されその結果、高体温となります
こうした過程により酸素消費量は増大し、二酸化炭素の産生も異常に亢進します
悪性高熱症を疑う症状
- Etco2の上昇(代謝が異常に亢進するためCO₂の排泄も増える)
- 原因不明の頻脈や不整脈・血圧変動
- 38.8℃以上の体温上昇
- 0.5℃以上/15分の体温上昇
- 筋硬直など(気管挿管時に開口しにくいなど)
ポイント
異常な筋肉の収縮により筋細胞が破壊されて血中カリウムが上昇し、ミオグロビンやCKなどが高値となり腎不全をきたす(横紋筋融解症)
横紋筋融解症ではミオグロビン尿などの赤ワイン色の尿がみられる
また組織の酸素消費量が増大二酸化炭素の産生も異常に亢進する
ATPの消費により熱産生され高体温となる
悪性高熱症の素因
悪性高熱症の家族歴があるかを確認する
両親・兄弟・親戚やいとこなどに手術中に高熱と筋硬直になった人がいないか確認する
しかし、初めての麻酔では発症せず、2回目以降の麻酔時に発症する場合もあるので注意が必要です
また術前のCK値も確認しておきましょう
悪性高熱症は優性遺伝すると言われており血縁者に悪性高熱症があり、CKが上昇している場合は悪性高熱症の確立が80%だと言われています
悪性高熱症を誘発させる薬剤
薬品の種類 | 薬品名 |
揮発性の吸入麻酔薬 | イソフルラン・セボフルランなど |
脱分極性筋弛緩薬 | スキサメトニウム |
スキサメトニウム
脱分極性筋弛緩薬、作用発現が早いため迅速導入で使用することがあるが切れるのも早く麻酔維持には適さない
直接神経の終板に働き、持続的に脱分極を起こすことにより筋弛緩作用を発揮する
最近では副作用も多いためあまり使用されない
すべての揮発性吸入麻酔薬や脱分極性筋弛緩薬は筋小胞体からのカルシウム放出速度を亢進させる働きがあります
非脱分極性筋弛緩薬(ロクロニウムやベクロニウムなど)や麻薬などは安全に使用することができます
悪性高熱症が疑われたときの対策
麻酔器の回路とキャニスター(CO₂吸着装置)を新しく交換しておく
非脱分極性筋弛緩薬を使用し吸入麻酔薬は使用しない
ETCO₂のモニタリング
核心温をモニタリングする
核心温をモニタリングしている症例と体温測定をしていない症例を比較すると
体温測定をしていない症例の死亡リスクが13.8倍という研究結果が出ています
継続的に体温モニタリングをして早期発見・早期治療が患者さんの予後を大きく左右します
念のためダントロレンを準備しておく
悪性高熱症の治療のながれ
ダントロレン (商品名ダントリウム)
- ダントロレンは蒸留水で溶解する
- 希釈するのに時間がかかる
- 10~15分かけて投与する
- 筋硬直が強い場合は効果がでにくい場合がある
- 筋小胞体からのCaイオンの遊離を抑制する作用がある
悪性高熱症による緊急事態と宣言されたら・・・
吸入麻酔薬を中止し静脈麻酔へ切り替えます
手術を早期に終了するよう麻酔科医より執刀医に要請します
高流量の純酸素投与および分時換気量を通常の2倍以上で換気します(麻酔器内の麻酔薬濃度を下げるため)
人員が確保できていればジャクソンリースで換気してもいいですね
冷却した生理食塩水を投与します
中枢温が39℃以上の場合は体表の冷却も開始し、38℃以下になればシバリング予防のため中止します
シバリングにより体温上昇を誘発するので注意が必要です!
動脈ラインを確保し、血液ガスを採取し、代謝性・呼吸性アシドーシスや電解質などを評価します
ダントロレン投与ルートがなければできるだけ太いルートを確保します
特効薬のダントロレン(商品名 ダントリウム)を使用します
ダントロレンは筋小胞体からのCaイオンの遊離を抑制する作用があります
悪性高熱症の原因部位に直接作用するというわけです
ダントロレンは蒸留水で溶解するので間違えないようにセットにしておくとGOOD
治療後の観察ポイント
- ETCO2が正常化している
- 心拍数が安定し不整脈が減少している
- 平熱に戻っている
- 筋硬直が消失している
以上の状態が確認できれば安定化していると判断できます
引き続き血液ガス分析やCKなどのデータ推移を観察していきましょう
まとめ
- 悪性高熱症の素因について術前にチェックしておく
- 悪性高熱症の症状が出現したときは特効薬のダントロレンを投与する
- ETCO2モニタリングや体温モニタリングをし、症状の出現を早期に発見する
- 高熱時の冷却方法や不整脈やアシドーシス時などの対応を普段からシュミレーションしておく
悪性高熱症は希少な症例ですが、手術室で起こりえる致死的な疾患のひとつです
発症すると急速に進行するといわれており、普段からの備えが必須です
ダントロレンが常備いるされているか、ご自身の施設でされている対策があれば目を通しておくとよいと思います